多くの相談者は、何らかのストレス反応を生じており、個人での対処や他者を頼ることが必要です。ストレスの元凶であるものと、物理的心理的に距離が置くことができ、発生した問題が解決するのであれば、ストレス反応は消退していくことが予想されます。ただ、問題の多くは個人の力だけでは解決できないものであります。その場合は、ストレスの元凶やそれから発生する問題とは折り合いをつけて、生活を続けなければなりません。

相談を受けていると、セルフケアだけでは回復が見込めそうにない症状を認めている方が一定数いらっしゃいます。相談を受けた際に、対象者の症状の種類や程度、持続期間をヒアリングしながら、セルフケアだけでの対処だと難しいと考えれば、医療機関の受診を勧めます。しかし、心療内科や精神科の受診にハードルの高さを感じられている方は少なからず居られ、受診に難色を示されることがあります。

目には見えない「こころ」を病むことで、不治なのではないか、正気を失うのではないか、診断されることにより自分に烙印が押されるのではないか、向精神薬を服用することで依存してしまうのではないか、といった偏見から拒否感が生まれるのでしょう。

医療が必要なケースで、偏見が邪魔をして対象者の回復を阻害するのは避けなければなりません。心療内科や精神科で処方される薬で、一般的にイメージされやすいのは睡眠薬ではないでしょうか。この記事では、睡眠薬について抱きやすい疑問と正しい知識についてお伝えしたいと思います。

睡眠薬を服用すれば、止められなくなるのではないか心配

現在は用いられる大部分の睡眠薬に強い依存性はありませんし、薬剤も不眠の症状の程度を見ながら処方をされます。睡眠薬を短期間服用したからといって、止められなくなることはありません。睡眠状態に改善が見られ日中の生活状況も改善できれば、徐々に睡眠薬の量を減らし一日おきの服薬にするなどの服薬頻度を落とすなどして、徐々に睡眠薬を止めるよう治療が進みます。主治医の指示を守りながら、薬剤の服用と中止は判断することが必要です。

依存を生むのは睡眠薬だけではなく、一般的な風邪薬でもアルコールでも起こりえます。まず前提として、現在眠れていない状況であり、どこまで生活に障害が出ているかを考慮しましょう。不眠があると、体力の回復ができず、他の精神症状を悪化させることになります。もちろん、不眠を抱えている人が睡眠薬を絶対に飲まなければならないわけではありません。セルフケアでの限界があって不眠症状があり、日中の活動も障害が出ているようなら睡眠薬の使用はリスクよりもベネフィットがあると判断しても差し支えないでしょう。

最初は少量から使用が始まっても、効きが弱くなって薬の量が増えていくのではないか心配

生物が自分に対して何らかの作用を持った薬剤に対して抵抗性を持ち、これらの薬剤が効かない、あるいは効きにくくなる現象のことを「耐性」と呼びます。睡眠薬の中には、耐性ができやすいものとできにくいものがあります。近年使用されている睡眠薬は、耐性ができにくくなっているものが主流です。主治医は症状に合わせて、最も適切と思われる睡眠薬を選択します。もし、効果が薄くなってきた場合には、違う薬剤にスイッチングしたり、違う薬剤を組み合わせながら処方を行ったりします。

市販の睡眠薬を使用すれば、医療機関にかからなくともよい

市販の睡眠薬には注意書きに「一時的な不眠への使用にすること」「不眠症の診断を受けた人は使用しないこと」とあります。一時的な不眠とは、数日の旅行や出張等で眠れないことを指します。不眠症は継続的に眠れない状況があり、日中にも不調の症状が出ている場合に診断されます。市販の睡眠薬は不眠症の患者さんに対して、臨床試験を行ったものではありませんので、治療効果が確保されておらず、安全性が確立されていないのです。定常的に不眠を感じていて、日中の不調も出ているようであれば、医療機関へかかり、心身の状況について診察を受けたほうがよろしいでしょう。

今回は睡眠薬に関しての良く聞かれる不安についてご説明いたしました。ご自身だけでストレスの状況と生活の状況を振り返って、医療機関の受診が必要かどうか判断をするのはなかなか、難しいかもしれません。その際には、相談窓口や産業保健スタッフに相談をして、ぜひアドバイスをもらうようにしましょう。相談したからと言って、すぐに受診しなければならないものでもありません。経験しないことには、誰しも不安を感じます。自分で不調に気づき納得して行動をすることが、健康への道の第一歩になります。

<参考>
・厚⽣労働科学研究・障害者対策総合研究事業「睡眠薬の適正使⽤及び減量・中⽌のための診療ガイドラインに関する研究班」および⽇本睡眠学会・睡眠薬使⽤ガイドライン作成ワーキンググループ 編(2013 年 6 ⽉25 ⽇ 初版)
「睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン 出⼝を⾒据えた不眠医療マニュアル」